戦後の混乱期には、医療給付費の増加も著しく、昭和22年度は前年に対し約50%、翌23年度は同約2.6倍、翌24年度約50%となったが、昭和24年度以降は保険経済としては安定してきた。健康保険では、診療報酬算定の基礎となる点数につき1点当たり単価が決められているので、一部の薬価を除いては直接インフレの影響を受けにくいが、これらの数値が出ていることは注目に値する。
前回の歯科医業経営の実態調査結果をみると、歯科医師の生活は誠に苦しく、何らの身分保障もなく粉骨砕身で文字通り働き続け(1日の労働時間10時間21分27秒)、やっと家族で生きていける状況であった。
ところで、日本人全体の歯科疾患の状態を把握する国レベルの調査は昭和32年から始まるが、昭和20年代に厚生省医務局歯科衛生課長大西栄蔵氏と厚生省医務局国立病院課厚生技官高木圭二郎氏を中心に歯科疾患の蔓延状況をまとめた調査報告が日本歯科医師会雑誌に掲載されている。
以下はその調査の概要である。
○齲蝕
(1)乳幼児の齲蝕
乳歯の萠出の完了する2才で既に1/3が齲蝕におかされ、3才になると70%に近い罹患率を示す。
乳幼児の一人平均乳歯齲歯数は、1才、2才、3才と加速度的に増加し、3才になれば一人平均3歯余の齲歯を有することは軽視できない事実である。地域別では、大都市の乳幼児に齲歯は最も多く、中小都市、町村はやや少ない(図1、2)。
戦前、戦後の齲蝕罹患率を比較すると、戦前は増齢的に上昇の一途をたどり、6才においては100%を示している。しかし、戦後の調査においては4才を境として5才、6才と年齢が増すに従い罹患率の下降が認められた。これは、極めて得意な現象であって、特に、4才、5才、6才の幼児は、その出生時期が昭和18年〜20年の間であり、太平洋戦争末期から終戦後の生活環境の最悪の時期に生まれ育ってきた子供であり、著しい齲蝕罹患の抑制は戦争による影響と思われる(図3)。
(2)児童生徒の齲蝕
昭和24年4月に実施した全国学徒歯牙抽出検査(文部省科学研究費齲蝕研究班、齲蝕罹患率小委員会調査)によれば、7才から17才までの児童生徒の齲蝕罹患状況をみると7才から13才までは50%内外の罹患率を示し、14才からは増齢的に増加の一途をたどっている。このことは、14才までは乳歯と永久歯の交換が行われつつあるので、罹患率に多少の変動がみられるが、交換完了とともに急速に上昇している。
一人平均齲歯数についてみると、7〜10才は一人平均2歯の齲歯を有しているが、11才、12才と減少し、13才になると再び増加しはじめ、17才では2.5歯前後を示している(図4、5)。
(3)成人の齲蝕
昭和24年、25年に行われた文部省科学研究費齲蝕研究班齲蝕罹患率を都市成人でみると、男女ともに30〜49才が最高の罹患率を示し、男子は約90%、女子は96%という数値を示した。50才、60才と年齢が進むにつれて罹患率の減少が認められるが、これは歯牙の喪失が著しくなるためと解釈される。
成人一人平均の齲歯数についてみると、20才を過ぎると、大体5歯〜9歯の齲歯を有し、全歯牙の約3割は齲蝕におかされていることが分かる。性別では女子は常に男子よりも齲歯が多い。
都市においては齲歯の半数が処置されているが、農村の女子において未処置歯がかなり多くなっており、歯科医療の恩恵に浴することが少ないことを示している(図6、表1)。
○歯槽膿漏(歯齦炎、歯槽膿漏は現在の歯肉炎、歯周炎)
(1)乳幼児の歯槽膿漏
乳幼児に歯槽膿漏は存在しない。口腔の不潔に起因する歯齦炎は、かなりの程度存在するが報告は少ない。高木は、東京都内の保育所で調査して21.4%の歯齦縁炎罹患率を報告した。
(2)児童生徒の歯槽膿漏
児童生徒の歯槽膿漏罹患率について、昭和24年文部省科学研究費齲蝕研究班罹患率小委員会の抽出調査によれば、6〜11才では1%に満たないが、歯牙交換の完了した後から徐々に上昇傾向を認める。
歯齦炎については、6才より13才までは増齢的に規則的に増加している(図7)。
(3)成人の歯槽膿漏
歯槽膿漏は年少者には少ないが、成人になると増齢的に著しく増加する。諸家の調査報告によれば、大体40〜50%内外の罹患率を示しているようであるが、昭和26年、厚生省職員1,752名について検査した結果は図8、表2の通りである。
30才を過ぎると50%以上の人は歯槽膿漏に罹患している。歯槽膿漏は、成人においては、齲蝕に劣らぬ高い罹患率を示す。
以上のことから、主要歯科疾患及び要補綴部位の全国推定値は次の通りとなる(1950年−全人口83,116千人)。
乳歯未処置齲歯数 40,439,714歯
要保存処置 35,629,790歯
要 抜 去 4,809,924歯
永久歯未処置齲歯数 195,921,646歯
第1度齲歯C1 94,407,860歯
第2度齲歯C2 32,435,442歯
第3度齲歯C3 69,078,744歯
歯槽膿漏罹患部位数 56,252,713部位
要補綴部位数 11,219,097部位
局部床義歯 7,651,424個
全部床義歯 1,839,932個
架工義歯 1,727,741個
なお、1950年の歯科医師数は27,429人であるので、歯科医師1人当たり治療の必要数は、乳歯未処置齲歯1,474本、永久歯未処置齲歯7,142本、歯槽膿漏治療部位2,050部位、要補綴義歯数409個という天文学的数値となる。