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中道歯科医院
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2021年6月22日
令和3年6月院長のマンスリートーク◆戦前の健康保険歯科診療−③最初の歯科診療方針
令和3年6月院長のマンスリートーク◆戦前の健康保険歯科診療−③最初の歯科診療方針

 昭和3年12月に健康保険診療指針が設定されたが、歯科は遅れて昭和6年11月に健康保険歯科診療方針を決定し全国的に統一されることとなった。
 それまでの歯科診療方針は、数府県においては歯科医師会と地方長官が協定していたが、その他の多くの県では不文律として行われてきた。歯科医療については内務省に歯科医師がいなかったこともあり、当時日本歯科医師会の健康保険分野を担当していた田村一吉が「歯科診療方針私案」を提示し、円滑な運営をはかるという姿勢にとどまっていた。
 田村一吉(東京市神田区錦町3の9)は、日本歯科医師会健康保険部理事で社団法人大日本歯科医学会員で昭和13年に歯科学報「健康保険創始以来満十カ年間に於ける歯科診療の統計的観察(完)」を記述するなどその当時の歯科健康保険のエキスパートであった。
昭和6年11月4日付社会局長官から地方長官や日本歯科医師会長に通牒した歯科診療方針は次の通りである。
歯科診療方針(昭和6年11月)
 保険歯科医ノ診療ハ、必要ノ範囲並ニ限度ニ於テ之ヲ行フベク、経済的ニシテ而モ最モ適切ナルモノタルヲ要ス
第一 投薬
イ 投薬ハ特ニ必要アル場合ノ外之ヲ為サザルコト
ロ 含嗽薬及罨法薬ハ特別ノ場合ノ外、一日分二百グラムヲ標準トシテ、一回ニ二日分ヲ 超エテ投与セザルコト
ハ 抜歯後ノ場合ニ於ケル含嗽薬及罨法薬ノ投与ハ、特別ノ場合ノ外四百グラムヲ限度ト スルコト
第二 注射
抜歯ノ際以外ノ注射ハ、特ニ必要アルト認ムル場合ノ外之ヲ為サザルコト
第三 手術及処置
イ 手術、処置若ハ繃帯交換ハ、必要ノ程度ニ止ムルコト
ロ 歯槽膿漏ノ手術ハ一顎二回ヲ、後処置ハ七回ヲ標準トスルコト
第四 治療、充填
イ 齲歯ノ治療ニ於テ歯髄ノ処置ヲ為サザルモノハ、三回ヲ限度トスルコト
ロ 歯齦炎、口内炎、舌炎ノ治療ハ五回ヲ標準トスルコト
ハ 「ゴム」充填ニ於テハ「グッタベルカ」ヲ使用スルコト
ニ 歯冠回復又ハ保存ノ見込ナキ歯牙ニ対シテハ、充填ヲ為サザルコト
第五 補綴
イ 補綴及ビ補綴ノ修理ハ、歯牙ノ喪失又ハ歯冠ノ破壊ガ、業務上ノ事由ニ依ル場合ノ外、咀嚼率ガ50%以下ニ低下シタリト認メラルル場合ニ限リ之ヲ行フコト、50%以下トハ上 下顎ヲ通ジ歯牙(智歯ヲ除ク)ノ喪失又ハ歯冠ノ破壊(充填ニ依リ歯冠回復シ難キ程度)ガ 七個以上ニ及ビタルモノヲイフ
ロ 智歯ノ補綴ハ之ヲ行ハザルコト
ハ 臼歯金冠ハ治療ノ結果、充填ニ依リ歯冠回復ノ見込ナキモノニシテ、而モ其ノ装着ニ 依リテ、始メテ50%以上ニ咀嚼能力ヲ回復シウル場合ニ限リ装着スルコト
ニ 陶歯冠継続亦「ハ」ニ同ジ
ホ 補綴ハ抜歯創ノ治癒シタル後ニ非ザレバ、之ヲ為サザルコト
ヘ 義歯ハ一顎一床ヲ原則トスルコト
ト 金鉤ハ一床二鉤ヲ原則トスルコト、但シ智歯ニ鉤ヲ要スル場合ハ成ルベク「ゴム」ヲ 使用スルコト
チ 材料ハ下記ヲ標準トスルコト
1 「ゴム」床義歯ニ於ケル陶歯ハ「アロイピン」附程度以上ノモノタルコト
2 陶歯冠継続ニ於テハ全陶歯冠ヲ使用スルコト、但シ咬合ノ関係上、前装陶歯又ハ有釘陶歯ヲ使用シ得ルコト
3 金鉤ニハ金位18K以上ノモノヲ使用スルコト
4 金冠ハ金位20K以上厚径30番以上ノモノヲ使用スルコト
リ 補綴ヲ必要トスル場合、口腔ノ状態ニヨリ喪失若ハ破壊ニ因リ補綴ヲ要スルニ至リタル歯数ト同数ノ義歯ヲ装着シ、又ハ金冠ヲ為スコト困難ナル場合ハ、技術上為シ得ベキ限度ニ於テ、其ノ数ヲ減ジテ之ヲ為スコトヲ得ルコト
ヌ 補綴保証期間満了後、咀嚼能率50%以下ニ低下シ、再ビ補綴ヲ為シ又ハ修理ヲ加フル場合ハ、成ルベク下記ニヨルコト
 1 使用ニ堪ユル金鉤又ハ陶歯ハ之ヲ再使用スルコト
 2 義歯ノ破損不適合及陶歯ノ脱落等ニ対シテハ、成ルベク其ノ部分ノミノ修理ニ依リ、目的ヲ達セシムル様取計フコト
第六 特殊療法
医学上一般ニ其ノ価値ヲ認メラレザル新薬(注射ヲ含ム)ノ使用、其ノ他ノ特殊療法ハ之ヲ行ハザルコト
第七 下記診療ハ之ヲ為サザルコト
イ 患歯ニ非ザル過剰歯転位歯ノ抜去(著シキ障害アルモノヲ除ク)
ロ 膿漏歯治療後ノ固定装置
ハ 単ナル歯石除去
ニ 歯列矯正
(註)金鉤を「鉤」に改正(昭和8年9月)

 歯科診療方針は、「保険歯科医の診療は必要の範囲ならびに限度においてこれを行い、経済的にして最も適切なるものたるを要す」という方針のもと、細かいことまで規定している。補綴の給付については、「補綴は咀嚼率が50%以下に低下したと認められる場合に限りこれを行う。50%以下とは上下顎を通じ歯牙(智歯を除く)の喪失又は歯冠の破壊(充填により歯冠回復し難き程度)が7歯以上に及ぶものをいう」といういわゆる補綴給付の歯数制限が取り入れられている。
 この歯科診療方針は、昭和18(1939)年に厚生省告示「健康保険歯科医療養担当規程」という形で示されたが、現在でも「保険医療機関及び保険医療養担当規則」として継続されている。
 当初、この制度は政府との契約内容が幾度も変更されるなど多くの困難に遭遇した。苦情は保険歯科医からだけでなく、各道府県歯科医師会もその事務費が少なく事務が繁雑など面倒が多く、前者に対してはその額を漸次増加、後者に対しては年次を経るに従って段々慣れてきて円満な運用ができるようになった。被保険者も漸次この法の精神を理解して手続き上にも面倒を覚えないように慣れてきた。
 健康保険組合との関係は、政府との関係より一層困難が多く伴い、各歯科医師会は種々なる困難と紛議を忍ばねばならなかった。昭和8年3月には組合全数の60.80%が歯科医師会と契約し、これに属する被保険者は60.97%であった。
 健康保険法開始以来昭和7年末まで満6年間における歯科医療給付の成績は以下の通りであった。

  政府 組合 
治療歯数 2,331,780 542,519 
充填歯数 1,619,605 456,780 
抜去歯数 687,970 255,510 
補綴歯数 1,032,123 329,335 
合計 5,671,478 1,584,144 
診療報酬 5,573,154 1,459,063
事務費 582,246 207,897
合計 6,155,400 1,666,960

 戦前の日本歯科医師会はこの制度においては団体自由選択主義を方針とし、歯科医師は診療の機会均等、被保険者は歯科医師の選択自由を主義とした。昭和8年2月末現在の道府県歯科医師会員14,491人中、保険歯科医師の数は10,005人で、政府管掌被保険者の受診率は1.73%であった。今の国民皆保険制度の受診率よりも数十分の一の少なさである。まだまだ、この制度は国民には敷居が高かった。

 戦前の政府管掌と組合管掌健康保険適用状況の年次推移は下表の通り。

 

   


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